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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)532号 判決

昭和五〇年(ネ)第五一七号事件控訴人

同第五三二号事件被控訴人(第一審原告)

飯田てる

外三名

右四名訴訟代理人

辻巻真

昭和五〇年(ネ)第五三二号事件控訴人

同第五一七号事件被控訴人(第一審被告)

上田三之助

右訴訟代理人

大脇保彦

外四名

主文

一  昭和五〇年(ネ)第五一七号事件について原判決を左のとおり変更する。

控訴人らと被控訴人との間において、控訴人らが別紙目録記載の土地について昭和四八年七月一日から一か月五万九、〇〇〇円の賃料債権を有することを確認する。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分しその一を控訴人ら、その余を被控訴人の負担とする。

二  昭和五〇年(ネ)第五三和号事件について本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一審原告代理人は、昭和五〇年(ネ)第五一七号事件について「原判決中第一審原告ら敗訴の部分を取り消す。第一審原告らが第一審被告に賃貸している別紙目録記載の土地の賃料は、昭和四八年七月一日以降一か月金一〇万四、一〇〇円であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決を求め、昭和五〇年第五三二号事件について控訴棄却の判決を求めた。

第一審被告代理人は、昭和五〇年(ネ)第五三二号事件について「原判決中第一審被告の勝訴部分を除き、これを取り消す。第一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求め、昭和五〇年(ネ)第五一七号事件について控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、左記を付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれをこゝに引用する。

(第一審原告の主張)

一、土地の賃料は、賃貸人が賃借人に土地を使用収益させる対価として支払われるものであるから、通常更地価格から借地権価格を差し引いたいわゆる底地価格に適正利潤率を乗じて得た金額に公租公課及び管理費等の必要経費を加えたもの(客観的賃料)を原則とする。ところで、本件につき原審において鑑定人伊藤寛のした鑑定は、賃貸借開始時に権利金の支払がないにもかかわらず借地権価格の六二、五パーセントも認め、底地価格を地価のわずか三七、五パーセントとみて、本件土地の昭和四八年七月一日時点における客観的賃料を一か月八万九、三五一円としているのである。従つて右の時点における本件土地の客観的賃料である八万九、三五一円をもつてその適正賃料と認めるべきである。原判決は折半方式により算出された額六万二、一七五円からさらに一割を減じているが、折半方式自体が修正の一方法であるにもかゝわらず、これによつて算出された額からさらに一割を減ずるということは何ら合理性のないものでとうてい認めるわけにはいかないのである。

二、また本件土地の従前の賃料が近隣地代に比較し割高であつたわけでもない。乙第二号証及び安田倫治の証言をもつて近隣地代に比較し本件土地の従前賃料を割高であつたと見るのは誤りである。このことは本件土地の隣地である高木兼一の借地及びそのまた隣地に当る安田倫治の借地についてなされた判決正本に照らし明白である。

(第一審被告の主張)

昭和四三年五月に本件土地の賃料が三万五、〇〇〇円になつたのは、法律に無知な第一審被告が第一審原告の過酷な請求に屈した結果によるものであつて、決して両当事者の信義誠実に基いた合意によるものではなかつた。それ故近隣地代と比較して三倍以上も高いものになつていたのである。このような事情を参酌すれば、本件土地の増額請求時点における適正賃料は、伊藤鑑定人の鑑定による金四万六、七七一円が妥当なところである。

(証拠関係省略)

理由

一  第一審原告らが第一審被告に対し、別紙目録記載の土地(本件土地)を建物所有の目的で賃貸していることは当事者間に争いがない。

原審における第一審原告飯田英明本人尋問の結果及び鑑定人伊藤寛の鑑定結果によれば、本件土地の賃料は昭和四三年五月から月額三万五、〇〇〇円(一平方メートル当り約三〇五円)であり、その後改訂されていないこと、第一審被告は本件土地上に木造瓦葺三階建物事務所(一階69.95平方メートル、二階67.10平方メートル、地下69.45平方メートル)を所有し、その敷地として本件土地を使用していることが認められる。

二  ところで、第一審原告らの先代亡飯田円明(本件訴訟中死亡したため右第一審原告らが相続人としてこれを承継した)が第一審被告に対し昭和四八年六月二六日付内容証明郵便で同年七月分以降の本件土地の賃料を月額一〇万四、一〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一、二及び前掲鑑定の結果によれば、本件土地の公租公課は昭和四八年度には昭和四三年度の約三、一倍となつていること、また本件土地の価格もその間に大凡五五パーセント上昇していることが認められるから、本件土地の賃料額は当事者間で協定された当時の経済事情が変動したことによつて不相当となり、右の増額請求はその事由を備えているものというべきである。

三そこで昭和四八年七月一日の時点における本件土地の相当賃料額につき検討する。

1 相当な賃料が何程かは、借地法一二条所定の諸契機を考量して合理的に判定すべきものであるが、賃料に関する鑑定評価基準は、同一目的において継続中の賃貸借等の契約に基づく実際支払賃料のみを改正する場合には、「当該宅地の経済価値に即応した適正な賃料と実際支払賃料との間に発生している差額部分について、契約の内容、契約締結の経緯等を総合的に比較考量して、当該差額部分のうち貸主に帰属する部分を適正に判定して得た額を実際支払賃料に加減して求めるものとする。」としている。よつてまず差益分配法、即ち対象土地の経済的価値に即応した適正賃料と実際支払賃料との間に生じている差額部分のうち貸主に帰属すべき部分を判定して得た額を実際支払賃料に加算する方法によつて試算してみるに、昭和四八年七月一日時点における本件土地の更地価格について、鑑定人山下三郎の鑑定は一平方メートル当り三三万四、八〇〇円、総額三八四〇万一、〇〇〇円と評価し、鑑定人伊藤寛の鑑定は一平方メートル当り三七万六、〇〇〇円、総額四三一二万七、二〇〇円と評価しており、両者の評価には相当の差異があるけれどもいずれも取引事例比較法に基づき試算したものであつて、特にその間にいずれを採りいずれを排斥すべきものとする理由は認められないから、右時点における本件土地の更地価格は、右両鑑定の結果の平均値である一平方メートル当り三五万五、四〇〇円、総額四、〇七六万四、三八〇円を妥当なものと認め、伊藤寛の鑑定結果によれば、右時点における本件土地の借地権割合及び契約減価として控除されるべき額は更地価格の六二、五パーセントであることが認められるから、右の更地価格からこれを差し引いてその基礎価格を求めると一平方メートル当り一三万三、二七五円、総額一、五二八万六、六四二円になるので、この基礎価格に対する適正な期待利回りは年利六パーセントを相当と認め、右基礎価格に右の率を乗じたものに伊藤寛の鑑定結果により認められる昭和四八年度の本件土地の公租公課額及び維持管理費合計一〇万一、八六〇円を加算して、右時点における本件土地の経済的価値に即応した適正賃料を求めると月額八万四、九二一円になる。

(円以下切捨)

そして、右の適正賃料と実際支払賃料三万五、〇〇〇円との差額四万九、九二一円の二分の一(二万四、九六〇円)が賃主に帰属すべきものとして、これを実際支払賃料に加算すれば五万九、九六〇円となる。

2 次に、従前の賃料のうちの純賃料に対象土地価格の上昇率を乗じ、これに算定時点における必要諸経費の実額を加算する方法(いわゆるスライド方式)によつて試算してみるに、伊藤寛の鑑定結果によれば、昭和四三年五月に協定された本件土地の賃料三万五、〇〇〇円のうち純賃料は三万二、二九一円、同年から昭和四八年七月までの間における本件土地価格の上昇率は約五五パーセント、右時点における公租公課及び管理費合計は一〇万一、八六〇円であることが認められるから、前記算定方式に従つて算定すると、昭和四八年七月一日時点における賃料は五万八、五三九円となる。

(円以下切捨)

3 賃料算定方式としては、以上のほかに賃料事例比較法、収益分析法などがあるけれども、本件においてはかかる算定方式によつて算定方式によつて算定するに足る資料は存しない。

なお、本件において取り調べた鑑定人山下三郎の鑑定は、本件土地の更地価格(三八四〇万一、〇〇〇円と評価)に新規市場賃率と最有効使用に対する現況物的利用率を乗じたものに公租公課を加算する方式によつているものであり、これは従前の賃料額が全く考慮されないことになるので、採用するのに躊躇されるし、また鑑定人伊藤寛の鑑定は、積算式評価法に則り本件賃料増額の上限を八万九、三五一円としたうえ、これとは別途に従前賃料の合意利回り率を昭和四八年七月時点の基礎価格(底地価格)に乗じ、これに右時点における公租公課及び管理費を加算して得られた月額賃料(五万八、五四二円)と従前賃料との差額を折半してその二分の一を従前賃料に加算する方式によつているものであつて、これでは現実の経済的価値に即応した賃料との乖離が大きくなりすぎるきらいがあるので、この鑑定の結果の採用も差し控えるを相当とする。

4  第一審被告は、昭和四三年五月に改定された従前の賃料は近隣地代と比較して高いものであつたと主張し、第一審原告らはこれを争うところ、〈証拠〉には右第一審被告の主張にそうものがあるけれども、〈証拠〉に照らして考えると、右の証拠をもつて直ちに第一審被告の主張事実を認めることはできない。

5 当裁判所は、以上説示した諸点を合わせ考量して本件土地の昭和四八年七月一日時点の賃料額は五万九、〇〇〇円をもつて相当と判断する。従つて第一審原告らの先代亡飯田円明のした賃料増額請求によつて本件土地の賃料は昭和四八年七月一日以降月額五万九、〇〇〇円に増額されたというべきである。

四してみると、第一審原告らの第一審被告に対する本訴請求は、第一審原告らが本件土地について昭和四八年七月一日から一か月五万九、〇〇〇円の賃料債権を有することの確認を求める限度において正当として認容し(本訴請求は賃料債権確認の請求と解すべきものである)、その余は失当として棄却すべきものである。よつてこれと異なる原判決は第一審原告らの控訴に基づきこれを変更し、第一審被告の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九五条(昭和五〇年(ネ)第五一七号事件について)、九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(丸山武夫 林倫正 杉山忠雄)

(別紙)

目録

名古屋市中区大須四丁目一〇八番

一、宅地 212.00平方メートルのうち約114.70平方メートル

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